PROFILE
■1997年 夏頃
広島修道大学フォークソング部で知り合いバンド結成
2年間ほど野球を楽しむ。バンド練習はほぼナシ。
■1999年 1月頃
加藤(Gu.)以外は初心者の4人だが、コピーはほとんどせずすぐにオリジナルを作り始める。本格的に月数回のライブハウス活動を始める。
■2000年 2月
オールナイトニッポンのオーディションに応募。1次は合格したものの、惜しくも敗退。
しかしこの時、SNAIL RAMP竹村の耳に止まり、運命的な出会いを果たす。
■2000年 4月
広島のファッションビルが立ち上げた『サンモールレーベル』主催のインディーズバンドコンテストに応募。
見事グランプリに輝く。ド素人バンドだったはずが、150人以上にコンスタントに集めるまでのライブバンドに成長。
■2000年 6月
赤坂ブリッツにて行なわれたSCHOOL BUS NIGHTに初出演。リリースが無いにも関らず、観客、そして関係者に多大なインパクトを与え、ライブは異常な盛上りをみせる。
■2002年 7月
全国HMVにて1曲入りmaxiシングル『はんぶんこ』をサンモールレーベルよりリリース。
■2001年 1月
1st.マキシシングル「ストロボ★アタック」SCHOOL BUS RECORDSよりリリース ■2001年 2月
広島でレコ発記念ワンマン無料ライブを行う。300枚の整理券は即なくなり、大盛況!
■2001年 2月
韓国でライブを行う。焼き肉食べまくる。「おかわり!」という意の韓国語のみマスター。
■2001年 3月
レコ発全国ツアーを敢行(10カ所)。大成功!
■2001年 夏
全国のイベントに呼ばれ、イベントプチツアー敢行。機材車に限度を感じる。
■2001年 11.12月
SCHOOL BUS NIGHT TOUR2002参加。
ツアーを回りながらレコーディングに突入。
■2002年 1月
2nd.マキシシングル「はんぶんこ」SCHOOL BUS RECORDSよりリリース
ライブで必ずやる名曲という事もあり、勢いよくセールスを伸ばす。
■2002年 2月
4人揃って上京。
経済的な理由で多摩川は越えられず、神奈川に移住。
■2002年 4月
1st.アルバム「青いカラス」SCHOOL BUS RECORDSよりリリース
捨て曲ナシの名盤で、今でもセールスを伸ばしている。
■2002年 6月
レコ発ツアー敢行(22カ所)。
全国各地大盛況。ファイナルの下北沢SHELTERも発売直後に完売。メンバーが一番驚く。
■2002年7月
日本最大フェス、FUJI ROCk FESTIVALに出演。昼間は他のアーティストのライブを観まくる。
そしてもちろん屋台の料理に舌鼓。
■2002年 9月
ツアーファイナル完売御礼として、新宿LOFTで追加公演を行う。
チケットSOLD OUT! 500人の動員に、またまたメンバー吃驚。
■2003年3月
3rd. マキシシングル「青春の炎」SCHOOL BUS RECORDSよりリリース。
新しい機材車で6都市を回る。ツアーファイナルはSHIBUYA CLUB QUATTRO。
■2003年8月
メジャー進出第1弾シングル「プラスチックモーニング」をリリース。
第1弾にふさわしくアイデンティティが十分伝わる楽曲で話題となる。
広島のフェス『SETSTOCK'03』に出演。
■2003年12月
再び韓国にてライブ。覚えた言葉は「ノムノムキッポヨ」。
■2004年 1月
マキシシングル「桜の花が散る前に/紅茶の恋」をリリース。
日本全国北から南までFM23局のパワープレイを獲得し、業界騒然。
■2004年3月
満を持してアルバム「ガラスの月と銀の花」を3月にリリース。
4月~7月にかけ、“TOUR 2004 ROLLING MONKEY”と題し全国34ケ所をまわる。
■2004年8月
「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2004 in EZO」に出演。
大きな朝日に感動。
■2004年秋~2005年春
ライブを重ねながら日々曲づくり。
■2005年7月
大変お待たせいたしました!
ミニアルバム「もしも明日世界が終わったとしても」発売!!
広島修道大学フォークソング部で知り合いバンド結成
2年間ほど野球を楽しむ。バンド練習はほぼナシ。
■1999年 1月頃
加藤(Gu.)以外は初心者の4人だが、コピーはほとんどせずすぐにオリジナルを作り始める。本格的に月数回のライブハウス活動を始める。
■2000年 2月
オールナイトニッポンのオーディションに応募。1次は合格したものの、惜しくも敗退。
しかしこの時、SNAIL RAMP竹村の耳に止まり、運命的な出会いを果たす。
■2000年 4月
広島のファッションビルが立ち上げた『サンモールレーベル』主催のインディーズバンドコンテストに応募。
見事グランプリに輝く。ド素人バンドだったはずが、150人以上にコンスタントに集めるまでのライブバンドに成長。
■2000年 6月
赤坂ブリッツにて行なわれたSCHOOL BUS NIGHTに初出演。リリースが無いにも関らず、観客、そして関係者に多大なインパクトを与え、ライブは異常な盛上りをみせる。
■2002年 7月
全国HMVにて1曲入りmaxiシングル『はんぶんこ』をサンモールレーベルよりリリース。
■2001年 1月
1st.マキシシングル「ストロボ★アタック」SCHOOL BUS RECORDSよりリリース ■2001年 2月
広島でレコ発記念ワンマン無料ライブを行う。300枚の整理券は即なくなり、大盛況!
■2001年 2月
韓国でライブを行う。焼き肉食べまくる。「おかわり!」という意の韓国語のみマスター。
■2001年 3月
レコ発全国ツアーを敢行(10カ所)。大成功!
■2001年 夏
全国のイベントに呼ばれ、イベントプチツアー敢行。機材車に限度を感じる。
■2001年 11.12月
SCHOOL BUS NIGHT TOUR2002参加。
ツアーを回りながらレコーディングに突入。
■2002年 1月
2nd.マキシシングル「はんぶんこ」SCHOOL BUS RECORDSよりリリース
ライブで必ずやる名曲という事もあり、勢いよくセールスを伸ばす。
■2002年 2月
4人揃って上京。
経済的な理由で多摩川は越えられず、神奈川に移住。
■2002年 4月
1st.アルバム「青いカラス」SCHOOL BUS RECORDSよりリリース
捨て曲ナシの名盤で、今でもセールスを伸ばしている。
■2002年 6月
レコ発ツアー敢行(22カ所)。
全国各地大盛況。ファイナルの下北沢SHELTERも発売直後に完売。メンバーが一番驚く。
■2002年7月
日本最大フェス、FUJI ROCk FESTIVALに出演。昼間は他のアーティストのライブを観まくる。
そしてもちろん屋台の料理に舌鼓。
■2002年 9月
ツアーファイナル完売御礼として、新宿LOFTで追加公演を行う。
チケットSOLD OUT! 500人の動員に、またまたメンバー吃驚。
■2003年3月
3rd. マキシシングル「青春の炎」SCHOOL BUS RECORDSよりリリース。
新しい機材車で6都市を回る。ツアーファイナルはSHIBUYA CLUB QUATTRO。
■2003年8月
メジャー進出第1弾シングル「プラスチックモーニング」をリリース。
第1弾にふさわしくアイデンティティが十分伝わる楽曲で話題となる。
広島のフェス『SETSTOCK'03』に出演。
■2003年12月
再び韓国にてライブ。覚えた言葉は「ノムノムキッポヨ」。
■2004年 1月
マキシシングル「桜の花が散る前に/紅茶の恋」をリリース。
日本全国北から南までFM23局のパワープレイを獲得し、業界騒然。
■2004年3月
満を持してアルバム「ガラスの月と銀の花」を3月にリリース。
4月~7月にかけ、“TOUR 2004 ROLLING MONKEY”と題し全国34ケ所をまわる。
■2004年8月
「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2004 in EZO」に出演。
大きな朝日に感動。
■2004年秋~2005年春
ライブを重ねながら日々曲づくり。
■2005年7月
大変お待たせいたしました!
ミニアルバム「もしも明日世界が終わったとしても」発売!!


